つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

時間売り

 「すみません。私の時間を買ってくださいませんか」
 街角でみすぼらしい姿で少女は道行く人に力弱く声をかけています。ほとんどの人は立ち止まることすらせず、まるで少女の存在がもともとないかのように通り過ぎていきます。少女はすっかり葉を落としてしまった木々の間を吹きぬける北風に震えながら、また声をかけ続けています。
 そこにやはり同じように貧相な風体をした中年の男がやってきました。
 「すみません。私の時間を買ってくださいませんか」
 「なんだ、なんだ。お前の時間なんか買うやつがどこにいるというんだ。お前のようにみじめな生活をする時間なんて誰もいらないよ。第一、もっと幸せな時間を格安で売っている店が今はたくさんあるんだぞ。街かどでしかもみじめな時間を売るなんて馬鹿げている」
 男は冷笑して言いました。少女は大きな目を開けて男を見つめながらこう言いました。
 「それでも私にはお金がないんです。幸い時間だけはまだたくさんありそうなんです。こんなみじめな生活を長く続けるよりはすこしでも贅沢して、早く死ぬ方がましです」
 少女は真剣でした。男は哀れみの表情を浮かべて言いました。
 「それなら買ってあげよう。いくらなんだい。へえ、そんなんじゃ1か月もいい暮らしなんてできないぞ。で何日、何年の時間を売るんだい」
 「私の今から15年分の時間をお売りします」
 「何言っているんだ。いまから15年の時間を売ったらお前は一番楽しい人生の時間を失ってもう中年になってしまうんだぞ。それでもいいのか」
 「いいんです。どうせ大人になっても私の人生はろくなもんではないはず。ならば、そこを飛ばしてちょっとでも金持ちになって一か月を行きたいんです。」
 「なんと。あまりに刹那的な。第一人生というものは…」
 中年男はあまりにも少女がかわいそうになり、自分の人生をひそかに少女にささげたい気持ちになってきました。実は貧相な姿をしていてもそれなりに資産はあり、周囲の人々の愛情にもそこそこ恵まれていたのです。ただもう何もかも持て余し、人生の望みをなくしかけていました。
 「お前にこれをあげよう」
 中年男は自分の時間を詰めたチップを少女に手渡し、20の数字を端末上に入力するとスイッチを入れました。男はそのあとふっと消えてしまいました。
 少女は何があったのか理解するまでは呆然としていましたが、やがて少しずつ状況を理解できてきました。
 「これでもうすこし生き続けることができるかもしれない」
 暗い表情で微笑みながら、向こうの教会の先の小道に消えていきました。

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像