つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

定宿




 特に素晴らしい設備はない。むしろ親戚の家のような古臭い宿だ。風呂も普通だし。トイレは部屋の外にある。それでもなぜかこの宿を気に入っている。
 先代の女将は隠居されたようで、いまは若いお母さんといった女将が二年ぶりの私を迎えてくれた。久しぶりとは言わず、おかえりなさいという。まるで家族のようだ。
 この宿には様々な問題がある。壁が薄いので隣の客の声が聞こえることがある。網戸の破れからこがねむしが入ることがある。それを虚子の俳句のように外に投げる。空調の音が大きい。他にも難点は多々あるがそれより魅力の方が大きいのだ。
 このような宿がどんどんなくなっている。一定の水準のサービスを得られるのはよいが、それは大量生産された製品の機能のようで、心に残らない。不満はないが、満足もない。こがねむしは侵入しないが、思い出は残らない。
 そうだ、こういう心の満足する宿を紹介しよう。私はそういうサイトを構築することにした。はじめはほとんど身内だけだったが、次第に訪問者が増え、いまでは高水準のアクセスを日々更新している。
 利用者のレビューを読むと全てが宿に対する愛情に満ちている。中にはクレームのような文面もあるが、よく読むと要望の中に愛が隠れている。このサイトを立ち上げて本当に良かった。
 さて、次は何をしようか。定宿を応援するの方法は他にもある。