つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

珈琲貴族

 何もかもうまくいかない。私の努力を上司も同僚もまったく理解してくれないし、そもそも分かろうという気がないようだ。
 確かに私には失敗が多い。仕事も遅いかもしれない。でも重要な局面では常に大事な提案をし、それが採用されて事態が好転したことも多い。
 それなのにそんなことは簡単に忘れ去られる。酷いときにはその事実を我がことのように吹聴して手柄を盗み取っていく輩もいる。


 打ちひしがれて駅前のカフェに入ると今日はいつもと違う銘柄があるという。貴族という名前だ。あまりにベタでセンスに乏しいとは思いつつ、ためしてみることにした。他より随分高い。貴族だから仕方ないかなどと独り言をもらして待つことにした。


 ウエイトレスがマニュアル通りの接客方法で貴族をもってきた。見た目は普通の珈琲と何ら代わりがない。せめてカップを選んでほしいと思ったが、やや小ぶりのマグカップで出てきた。
 一口飲むとなぜ貴族というのか分かるような気がした。ふくよかでコクの深い香りと味は気持ちを高揚させてくれる。大きな気分になって小さな事などどうでもいい気になってきた。貴族なのだから詰まらぬことに拘るなと思ってきた。


 明日も寄ってみよう。珈琲だけは私を幸せにしてくれるようだ。