つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

鉛筆

 我、学問を愛するに止むことなし。しかれども筆記のことにいささかの悩み有りてここに記す。いまこれを記すに相伝の硯をもちて墨を摺り、愛用の筆にて文字を書けるも、これには難あり。すなわち思ひつきし時、即ち書くことあたはざれば脳裏に浮かぶよきことも筆を立てるころにはあるいはいくつか忘れたり。あるいはほとんど彼方に消えゆきてさらに浮かぶことなし。これ誠に悲しきことなるかな。
 洋行より戻りし御方、鉛筆なるものを持ち帰り我にくださる。これまことに便利にて、大いに愛用す。惜しむらくはすでに使ひ尽くして手元になし。かくいふはこの鉛筆といふもの、鉛の筆と名乗るも、鉛は用ゐず黒鉛なる炭素からなるものと粘土を混ぜた芯を以て紙面にこすりつけて文字を書く。されば鉛の害恐るることなかれ。芯の折れやすきに木の枠を付けて軸となす。芯の減りたれば木の軸ごと削りて芯を出す。そのやり方に秘伝あり。
 この鉛筆なるもの、墨する手間なく思ひつくままによく書く。まことに重宝なり。願はくはこの鉛筆の世に広まらんことを。されば学ぶもの増え、商ひにも広く使はれて、この国の豊かに成りぬべし。