つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

感動的レストラン

 「ご注文はスペシャルランチでよかったでしょうか」
 ウエイトレスはかつて流行った若者言葉を使って話しかけてきた。スタイル抜群の彼女は身のこなしも雰囲気もあの頃と同じだ。もし私が今の状況を仮に忘れることができたなら、言ってしまったかもしれない。なかなか上品なサービスだ、だがよかったでしょうか、はやめた方がいいなどと。
 この店の店員には無駄な動きがない。見た目は二十歳代の美男美女ばかりだ。オーダーもサーブも遅滞なく行われ、清掃も的確になされている。時々巡回して水をつぎに来るときなどは魅力的な微笑みを投げかけてくれる。嫌味のない微笑みだ。しなやかな腰つきはセクシーですらある。
 それなのにこの店の客は彼らに対してあまりにもそっけない。むしろ何かを諦めたような表情を浮かべている。客同士の話はなされるがそれも事務的である。どんなに店員たちが心を込めたサービスをしてもまったく関心がないかのようだ。店員は無視され、ときには邪魔者扱いされる。にも関わらす彼らのサービスの質は落ちることがない。
 先程心を込めたサービスと言ってしまったがこれは少々感傷的な表現だった。彼らに心を求めるのは酷と言うものだ。自立型ロボットの彼らはそれぞれに人格というものがない。電力という血液が耐えない限り永遠に働くことができる。
 このタイプのレストランができた頃は随分話題になった。長い列ができたこともあった。それがまたたく間に全国に普及するともうこれが当たり前になってしまった。客たちがレストランに求めるのは安さとサービスの正確さであり、店員たちのふるまいには関心がないかのようだ。むしろ、ごくまれにおこるミスを貴重なものとして考えるようになったのである。


LuckyLife11によるPixabayからの画像

時間売り

 「すみません。私の時間を買ってくださいませんか」
 街角でみすぼらしい姿で少女は道行く人に力弱く声をかけています。ほとんどの人は立ち止まることすらせず、まるで少女の存在がもともとないかのように通り過ぎていきます。少女はすっかり葉を落としてしまった木々の間を吹きぬける北風に震えながら、また声をかけ続けています。
 そこにやはり同じように貧相な風体をした中年の男がやってきました。
 「すみません。私の時間を買ってくださいませんか」
 「なんだ、なんだ。お前の時間なんか買うやつがどこにいるというんだ。お前のようにみじめな生活をする時間なんて誰もいらないよ。第一、もっと幸せな時間を格安で売っている店が今はたくさんあるんだぞ。街かどでしかもみじめな時間を売るなんて馬鹿げている」
 男は冷笑して言いました。少女は大きな目を開けて男を見つめながらこう言いました。
 「それでも私にはお金がないんです。幸い時間だけはまだたくさんありそうなんです。こんなみじめな生活を長く続けるよりはすこしでも贅沢して、早く死ぬ方がましです」
 少女は真剣でした。男は哀れみの表情を浮かべて言いました。
 「それなら買ってあげよう。いくらなんだい。へえ、そんなんじゃ1か月もいい暮らしなんてできないぞ。で何日、何年の時間を売るんだい」
 「私の今から15年分の時間をお売りします」
 「何言っているんだ。いまから15年の時間を売ったらお前は一番楽しい人生の時間を失ってもう中年になってしまうんだぞ。それでもいいのか」
 「いいんです。どうせ大人になっても私の人生はろくなもんではないはず。ならば、そこを飛ばしてちょっとでも金持ちになって一か月を行きたいんです。」
 「なんと。あまりに刹那的な。第一人生というものは…」
 中年男はあまりにも少女がかわいそうになり、自分の人生をひそかに少女にささげたい気持ちになってきました。実は貧相な姿をしていてもそれなりに資産はあり、周囲の人々の愛情にもそこそこ恵まれていたのです。ただもう何もかも持て余し、人生の望みをなくしかけていました。
 「お前にこれをあげよう」
 中年男は自分の時間を詰めたチップを少女に手渡し、20の数字を端末上に入力するとスイッチを入れました。男はそのあとふっと消えてしまいました。
 少女は何があったのか理解するまでは呆然としていましたが、やがて少しずつ状況を理解できてきました。
 「これでもうすこし生き続けることができるかもしれない」
 暗い表情で微笑みながら、向こうの教会の先の小道に消えていきました。

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

オクトーバーフェスト

 さあ、ビール祭りだよ。オクトーバーフェストです。ドイツでは当たり前のお祭りを日本でも最近はやっているところがありますね。いろんなビールが飲めるんです。嬉しいね。
 なにあなた下戸ですか。なんともお気の毒。人生の半分を損していますよ。でもその分長生きできるかもしれませんがね。あなたのようにビールが飲めない方のために飲んだつもりになれる特別なアイテムをご紹介します。その名も「オクトーバーフェストごっこ」。この眼鏡をかけるだけでビールの飲めないあなたもご機嫌で素晴らしい時間をお過ごしになれますよ。
 この眼鏡は軸の部分にちょっとした仕掛けがございます。かけて何かをお飲みになってください。ノンアルコール飲料でいいんです。水だってかまわない。口のなかに水分を含むとその微妙な変化を眼鏡の軸が感知して、ほんのわずかの快適刺激を脳に与えます。ドーパミンが発生した脳内に幸せ環境が整うわけです。それは酔った時に起こる何かと似ています。もちろんアルコールを体内に摂取するわけではありませんので、体内に悪影響はありません。
 わが社でいろいろ試した結果、これをかけている間はソーセージやポテトがなぜか食べたくなります。気分爽快になりますし、少々の不平不満もどこかに消えていきます。なんとも幸せではないですか。
 ご注意いだきたいのは眼鏡を外しますと一瞬のうちにその幸せ空間がどこかに行くことです。まあ、これも二日酔いでどうしようもない反省をしなければらない酔漢の失態に比べれば、大したことはないでしょう。さあ、オクトーバーフェストですよ。


Werner HeiberによるPixabayからの画像

新品種

 あなたも新しい品種のバラを作ってみませんか。品種改良には時間がかかる? 根気がいる? そんなことはございません。このキット「すばらえてぃ」をお使いになれば普通の植物を育てるのとほぼ同じ期間で新品種の誕生をお楽しみいただけます。いろいろな遺伝子操作をこのスマホのアプリにて一瞬のうちに行います。それにしたがって内包されている成分をビーカーに入れて数日放置してください。これをバラの茎に塗布しますと、そこから育ちます芽はあなた好みの新品種なのです。
 新品種ができましたら、お好きな名前をお付けください。ただし、セレブリティの名をつける場合は命名権の問題が発生しますので事前に専用サイトでお確かめください。無難なのは奥様のお名前をつけることですが、なぜか人気がございません。さあ、いかがですか、新しいバラをあなた好みに作ってみませんか。


Manfred RichterによるPixabayからの画像

命名権

 手数料を払えば好きな名前に改名できるという法律が施行されてもう50年がたった。手数料はちょっと高く、高性能パソコンくらいなら買えてしまう値段だ。それでも変えたいという人もいて様々な珍名が登場した。
 私たちの生体認証情報はすでに国家に掌握されている。たとえ名前を変えても生体認識ですぐに分かってしまう。だから名前を変えても誰だかすぐ分かってしまうという訳だ。生体認証番号が本名であってそれ以外はみんないわばハンドルネームということになる。
 私の場合、確か親が付けた最初の名前は次野物次郎、それを二十歳の記念に新田進にして、その後ネクスト・ニューワンとかブレイク新流とかまだまだいろいろ改名した。でも何を名乗っても私は認識番号で把握されるのだ。契約でもサインは書かず、カメラの前に立つだけだ。
 結局、私は認識番号なのだろうか。それは考えないことにして、次の命名権を行使するために貯金を続けるようと考えている。

Mihai SurduによるPixabayからの画像