つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

昼寝塾

 あなたも睡眠不足なのですか。そうですか。それは、それは毎日たいそうお辛いことで。拝見しますにあなたは会社ではご活躍の方なのでしょう。いや、できるお方ほど眠れない日々をお過ごしだということです。社会の風潮なのですね。それで、時としてやりすぎて身体に来てしまう。最悪の場合は命の問題に・・・ いや、いや、不吉なことを申し上げました。あなたは大丈夫ですよ。こうして当院にお越しいただいた以上必ずお休みいただきます。
 当院ではあなたにお休みの方法をご伝授します。お休みいただけなかった場合は料金はいただきません。当院では薬物は一切使いません。いかがわしい催眠術も使わないのでご安心ください。
 それではこの写真をご覧ください。きれいな蓮の花が咲いていますね。この蓮の花、どこの花だと思いますか。極楽の花? お目が高い。蓮といえばそうですよね。まあ、本当はネットで探してきた写真なのですが。でも、いいじゃあないですか極楽の蓮の花ですよ、これは。あなたは毎日の善行の報いとして本日、極楽の下見を許されたのですよ。
 そして、この花びらのきれいなこと。一枚一枚同じ色に見えて実は全部別の色なのですよね。世の中に同じものは一つとしてない。すべて違う。違うから美しい。かけがえないものに価値があるのです。
 あなたは蓮の花が好きですか。ああ、お好きなようで、お返事がありませんな。お休みですかね。それではゆっくりとお休みください。料金は後払いで。時間で料金は決まります。起きた後急に目が覚めてしまう方もいらっしゃるようですが。私たちは良心的ですよ。だって、眠れないあなたの命を救ったのですから。


Bob WilliamsによるPixabayからの画像

テレビ会議

ビーチサイド

Martin VorelによるPixabayからの画像


 島崎君、次の会議の時間は何時だったかな? そうか分かった。ロスのスタッフとの打ち合わせだったな。今回のシチュエーションは? えっ! またかい。まったくあいつの趣味ときたら、まったく。じゃ浜辺でカクテルをかたむけながら、水着でということか。島崎君は準備できてるのかい。そんな、ちょっと露出が過ぎないか。まあ、君がそれでいいなら構わないが。私はこれにしよう。いい趣味だろう? 興味がないみたいだな? それでいつ行くんだ? 15分後か。分かった。その前にコーヒーでも飲んでおくよ。どうせスクリーンに映るあっちの連中も随分盛っているに違いない。島崎君はそのままでいいから本当に水着になりなさい。いや、ジョークだ。変に思わないでくれ。
 私は30代後半くらいの、あまり外出はしないけれどそれなりに筋肉質のボディということにしよう。あくまでほどほどということで。目的は商談だからな。身体の品評会じゃない。テレビ会議はどうも苦手だが、仮装パーティーと考えることにしよう。島崎君はリアルでやってみないか? いや、いや、ジョーク、冗談だよ。

代理候補

 重大な選挙違反があったことが判明した。自由民進党の白原公正候補(55)が選挙運動中に自分のアバターを発動させ、それぞれに選挙活動をさせていた容疑があることが分かった。北湾岸署では公職選挙法違反の容疑で白原候補に任意出頭を求めている。白原候補とその選挙事務所は容疑を否認している。
 当社の取材によると同時刻に別の場所で白原候補を目撃したという情報が複数寄せられており、その中には信憑性の高い証言もある。神南駅前で白原候補が選挙演説をしていた同じ時間に、別のショッピングセンターでも候補の姿を見たというものだ。
 そのどちらが本人なのかは分からない。証言者によると「たとえアバターの方でも、もともと胡散臭い人だから本物か偽物か区別はつかない」のだそうだ。
 今後の白原陣営の出方に注目したい。




HeungSoonによるPixabayからの画像

置き換えます

 AIの発展のおかげでいろいろなことができるようになった。仕事をAIに肩代わりしてもらうことは当たり前だ。かつては仕事が奪われるのではないかと不安視されたが、これだけ人口が減ってしまった我が国はAIなしには存在しえない。それにAIは謙虚だ。自分のやったことを誇らない。ただ働きでも文句は言わない。電気を与えてさえいれば働き続ける。
 それに今回開発したシステムを使えば本当はAIがやったことを私がしたことのようにしてくれる。証拠のビデオを作ることもできる。自分の姿を2分ほど撮影しておけば、その画像を合成してやったことにしてくれるのだ。例えば、プロ野球選手からホームランを打つなんてことも映像化してくれる。さすがにこれはすぐにばれてしまうだろうが。
 記憶だって置き換えてくれる。本当はやっていないことをやったというのはさすがに良心が痛む。ならば、記憶もその形に置き換えてしまえばいい。脳のある部分に働きかけて自分がやっていないことをあたかも経験したことのように考える信号を送る機能もある。
 もう何が本当で何が嘘かわからない。でも幸せならば、それでいいではないか。・・・たぶん。



Pete LinforthによるPixabayからの画像

いいね

 21世紀の始めのことらしい。ソーシャルネットワークを通じて交流することが全盛期を迎えていた。その中で互いの投稿を讃えるため、あるいは羨望の思いを伝えるため、いいね、というリアクションが推奨されたことがあった。いいねをだすか出さぬかはもっぱら主観によったがこれをもらうために人は粉骨砕身し、些細なことに右往左往した。当初はいいね、だけだったリアクションが、残念だね、惜しいね、かわいそうだね、悪いね、遺憾だね、など様々な感情表現に対応したがそれでも語れないものがあるのが事実というものだ。
 21世紀の半ば、こうしたリアクション表現に画期的な変革が起きた。読んだ後の感情をSNSアプリが操作者の表情から読み取り、128種類のアイコンに変換するシステムが普及したのである。
 そのあまりにも多いアイコンのため、リアクションの意図は露骨には伝わらない。羨望と憧憬の中に嫉妬や劣等感が渦巻いている場合などもきちんと表現される。書き手の方はそれらが反映されていることを実感するが、受け手は明確には分からない。わかりにくいアイコンは感情表現の複雑さを表現するのにふさわしいものだったのだ。
 ただ、最近よく言われることだが、こんなに多くの表情マークはいらないのではないかという意見がある。私たちはそんなに複雑な感情はない。恐らく2の3乗か4乗の表情があれば十分だ。ほとんどのコミュニケーションをメディアを介して行われる現代においてはもしかしたら4通りでいい。すなわち「はい」「いいえ」「すき」「きらい」。これで十分なのではないかと。

mohamed HassanによるPixabayからの画像