つぎのもの

かたちになる前のなにか

Something new is wonderful.

機能性調味料

この話はフィクションです。


 歳をとってくると色々と気を使うことが増える。特に身体のことについては細心の注意が必要だ。血圧とかコルステロールの量とか、血糖値だとか何かと気を使うものだ。多すぎても少なすぎてもいけないというからとても厄介だ。
 世の中には様々な健康にまつわる情報が溢れている。本屋に行けばいくらでも健康の秘訣を書いた本が並んでいる。何を食べれば良い、食べてはいけないと詳しく書いてある。そんなに秘訣がたくさんあるならば一つくらい覚えてもいいようなものだが、決してどれひとつも修得できない。続ければ少しは効果が出るようなものもすぐに挫折するから結果が出る前に次のやり方を試すことになる。結局何の効果もないまま、次の健康診断の悪い成績に心を痛めることになる。
 そんななまくら者にも救いの手が差し伸べられた。機能性調味料である。これは調味料そのものというより、その容れ物に最新のテクノロジーの成果が活かされている。少し大きめの調味料入れはちょうど500mL のペットボトルくらいの大きさをしている。これを握るとちょっとザラッとした手触りがある。素焼きの陶器を触ったような感覚だ。これを握ることによってその人物の身体状況が瞬時にセンターに送信され、AIの管理する健康管理機能によってその人物が必要な調味料の分量が即座に返信される。そして、ボトルの中で素早く調合がなされその人に合った調味料ができあがる。あとは好きな料理にかければいい。料理に含まれている塩分や脂質はボトルに内蔵されているセンサーで測定しているので計算済みだ。
 これを使えばいちいち塩分やら油分やらを計算する必要はない。怠け者にも使える。君もやってみるといい。ただし、この道具、塩気が足りないからもう少し醤油がほしいなんて思っていくら傾けても振っても必要以上は出てこないからちょっと腹が立つかもしれない。まあ我慢だ。健康のためだ。

感情サプリ

 念のためにこれはフィクションです。


 気分がすぐれないとき香水を撒くといいと聞いたことがありませんか。香りは人の気持ちを和らげたり引き締めたり、時には媚薬のような効果さえあるといいます。

 今回、我が社が開発した感情サプリは香りのような外部刺激ではなく、服用することによって内側から効くので桁違いに効果的です。長年我が社が科学者や医師のみなさんと共同で研究し開発してきました。何と自分の好きな、そうなりたい感情が再現できるサプリメントです。

 このサプリは本来体内にある物質で構成されていますから、服用後の副作用はほとんどありません。この錠剤3粒をお飲みになると、およそ3分後に効果が現れ、10分ほど継続します。現在ご用意しているのは「初めての告白に成功したときの喜び」 「一流大学合格の喜び」「宝くじ大当たりの喜び」の3種類です。微妙な喜びの違いを丁寧に再現しました。

 身体的な副作用はございませんが、効果が消えた後の現実世界との落差にはご注意ください。

 ご注文をお待ちしております。


 これはフィクションです。

思い出作ります

 人は現在を生きるとともに過去も生きている。私たちにとって現実とは、それまで生きてきた人生の経験の積み重ねの最上部にあるものだ。これまでに経験してきたことではないと見ることも感じることもできない。美しいものを感じた経験のある者だけが美を語ることができる。美味いものを食べた喜びがなければ食に感動することはないだろう。
 過去の経験が現在に影響を与えているのなら、過去を豊かにすることが現在を豊かにすることにつながる。でも過去を豊かにすることは容易ではない。もう終わってしまっているのだからどうしようも手の施しようがない、はずだ。
 ところが、最近この点を解決すると称する企業が生まれた。「あなたの思い出を作ります」「完全オーダーメイド」「どんな思い出もできます」「迷ったらこれ。幸せ思い出セット取り揃えております」などといかにも胡散臭い宣伝文句を並べ立てている。この企業は脳科学の最先端の知見を利用して、人の過去の記憶を人工的に作り出すことに成功したという。記憶喪失というのはあるが、これは記憶創出だ。
 例えば過去に海外旅行をしたことがあるという記憶は思い出としては良質なものだろう。さらに超高級ホテルに泊まり豪華な食事をした。旅先での出会いなど、いろいろな要素を取り入れて過去の記憶を創作し、一連の記憶パッケージとしてまとめる。それを脳のある一部に特殊な刺激で伝達すると、あたかも本当にそれを経験したかのようになるのだ。過去を作り出したのである。
 思い出がその人の現在の在り方にも影響を与える。よい思い出を得た人は現状に自信が持てる。そして場合によっては訪れる困難にも作り出された過去の経験を拠り所として今をたくましく生きることができる。
 困ったこともある。思い出と現在のあり方があまりに乖離している時、脳が異常に暴走を始め大混乱に陥ってしまうことがあることだ。精神的な疾患を発症するケースまであるという。思い出創作のサービスはまだ始まったばかり。これから何があるのかは分からない。ただ未来を作ることは難しいが、過去を作ることはできる、のかもしれない。

人の道

「それでは授業を始めます。『人の道』の119ページを開いて」

「先生、教科書がありません」

「仕方ないですね。今日はなくても何とかなりますから、しっかり聞いてください」

「先生、この授業やる必要あるんですか。数学とか英語とかやった方がいいと思うんですが」

「エイジ君、確かにそういう勉強も大切だけど、人の道はね。ある意味、他の科目より大切な科目なんだよ。人生を生きぬくためのスキルやテクニックを学ぶんだから」

「先生、でもこれおかしくないですか。話すときは相手の目を見ましょうだなんて」

「そうだな。でもね。昔はそれが当たり前だったんだよ。目を見て相手の話をよく聞きながら話をする。適度な相づち、うなづき」

「何ですか、この相づちとか何とかいうの?」

「要するにリアクションだよ。私はあなたの話をちゃんと聞いていますと形で示すことです」

「なんか面倒くさい。そんなのネットでできるじゃん」

「その面倒なことをやるのが人の道なんだ。人として生きるのは面倒なんだよ」

「先生、じゃあ私、落ちます。ちょっと用があるんで」

「こら、栄子。待て、授業中だぞって、ああオフラインになった。こら、おまえは待て。だめ、待て。まだ授業時間はあるんだぞ。ああ、みんな落ちちゃった。こりゃ授業崩壊だな。校長になんて言おう。とりあえずわびのメールでも入れておくか」

究極のペット

 犬より猫を飼う人が増えたのだそうだ。理由はいろいろあるが、散歩に連れて行かなくても勝手に生きているかのような生態が現代人の生活様式に向いているからだという。
 でも、犬のように主人にべったりと付き添ってくれる生き物にも魅力はある。自分だけを頼りに生きているかのような瞳を向けられると、たまらなくいとおしくなるものだ。それが犬の良さだと思う。
 猫のように気ままで、犬のように従順なそんな愛玩動物がいればいいと思う。でも、それはなかなかいない。そこで禁断の遺伝子操作で二つの良い面を合わせてしまおうという者が出てくる。生き物を創造するのは神の専売特許のはずなのに、それを人間がやってしまったのだ。
 この動物にはまだ名前がない。ここでは仮にホープとでも名付けておこう。希望という意味だ。ホープは外見上は猫の姿とそう変わりはない。そして運動系も猫に準ずる。しかし、決定的に違うのは人に従うことだ。この従うというのは犬的な従属とはちょっと違う。たとえば今はいっしょにいたいと思うときはとことん一緒にいる。適度な甘えをみせて飼い主の保護意欲を満たす。そしてそれがうっとうしいと思うときは自ら身を引く。そして、時には視界から消えて一人(一匹)で生きている。要するに人間の心理を察するに長けている動物なのだ。
 ホープの欠点は人の心を読み過ぎる点だ。気遣いのできる動物ともてはやされるときはよい。それが自分の心理を読んで行動することが度々あるとなんか空恐ろしいものに見えてくる。本当は自分の心理の投影に過ぎないものかもしれないのに、やたらと自分の夢や希望を統制するものと考えられてくる。